幻想と魔法の音楽:メンデルスゾーンの『夏の夜の夢』全曲解説

1. 序曲 (Overture)

背景:

序曲は1826年、メンデルスゾーンが17歳のときに独立したコンサート用作品として作曲されました。後に付随音楽の一部として再利用されましたが、最初からこの曲はシェイクスピアの「夏の夜の夢」に強くインスパイアされています。

音楽的特徴:

序曲の冒頭に登場する4つの和音は、作品全体の神秘的な雰囲気を予感させます。妖精たちの軽やかな踊りがスカート舞い、恋人たちのテーマがロマンティックに奏でられ、職人たちのコミカルなシーンは低音楽器によるユーモラスなリズムで表現されています。

劇中の役割:

序曲は物語のプロローグとして機能し、聴衆を幻想的な世界へと誘います。

演奏のポイント:

冒頭の4和音: この4和音は、作品全体の雰囲気を決定づける重要な要素です。各和音が明瞭で、均一に響くように特に注意が必要です。オーケストラ全体が一つの音の塊として響くように、アンサンブルの緊密さが求められます。

弦楽器のスタッカート: 妖精たちの動きを表現する弦楽器のスタッカートは、軽やかさと正確さが求められます。弓の扱いを最小限にし、短く、しかしはっきりと音を出すことが重要です。各スタッカートが一貫してリズムを保つよう、弓の使い方に注意しましょう。

ダイナミクスのコントロール: 恋人たちのテーマが現れる部分では、強弱記号に細心の注意を払い、メロディーを柔らかく、しかし表情豊かに演奏します。感情の高まりを表現する際には、急激なクレッシェンドやディミヌエンドを用い、物語の流れに合わせた音楽的な展開を意識します。

2. スケルツォ (Scherzo)

背景:

この楽曲は、第1幕と第2幕の間に挿入され、劇の間奏曲として機能します。メンデルスゾーンは、妖精たちの軽快でいたずら好きな性格を音楽で描写しています。

音楽的特徴:

フルートとクラリネットが主要なメロディーラインを担い、スケルツォ特有の軽やかで跳ねるようなリズムが特徴です。オーボエやファゴットの伴奏も、妖精たちの姿を視覚的に感じさせます。

劇中の役割:

スケルツォは、物語が夢の中のような異世界へとシフトする際の音楽的なブリッジとして機能し、続くシーンでのオーベロンの登場を準備します。

演奏のポイント:

テンポとリズム: スケルツォの速いテンポと跳ねるようなリズムは、この楽曲の生命線です。演奏者はリズムの正確さを保ちつつ、遊び心のあるアプローチで演奏します。テンポが速い中でも、各音符が明瞭に聞こえるように注意が必要です。

アーティキュレーション: フルートとクラリネットが主導するメロディラインは、軽やかで透明感のある音色が求められます。リズムの跳躍やアーティキュレーションの細かい違いを丁寧に表現し、妖精たちの素早い動きを音楽に反映させます。

オーボエとファゴット: オーボエやファゴットは、伴奏としての役割を担いつつ、時折メロディラインに絡む場面があります。ここでは、弦楽器と木管楽器のバランスを取り、全体のアンサンブルが一体となって響くように注意します。

3. メロドラマ「丘の上で」(Melodrama: “Over hill, over dale”)

背景:

この楽曲は、オーベロンがパックに命じて魔法の花を取りに行かせる場面に使用されます。メンデルスゾーンは、セリフと音楽を組み合わせることで、物語の魔法と幻想的な要素を強調しています。

音楽的特徴:

音楽はセリフを支える形で書かれており、劇的な効果を高めます。オーベロンの登場時には、妖精たちの行進がシンバルとトライアングルで強調され、透明感のある音響が生み出されています。

劇中の役割:

このメロドラマは、物語の進行を音楽的にサポートし、オーベロンの威厳とパックのいたずら好きな性格を同時に表現しています。

演奏のポイント:

セリフと音楽の統合: メロドラマは、セリフと音楽が密接に結びついています。演奏者は役者のセリフをしっかりと聞きながら、音楽がセリフを強調したり、対話したりするように演奏します。タイミングが重要で、音楽とセリフがぴったり合うように練習が必要です。

オーベロンの登場: オーベロンが登場するシーンでは、音楽が彼の威厳と神秘性を強調します。トライアングルやシンバルの使用により、音楽に透明感と輝きが加わります。これにより、オーベロンの支配的な力が音楽で表現されます。

4. 妖精の歌「斑の蛇よ」(Song with Chorus: “Ye Spotted Snakes”)

背景:

ティターニアが眠りにつくシーンで歌われる子守唄で、妖精たちが彼女を守るために歌います。メンデルスゾーンは、このシーンの静謐さと神秘性を音楽で表現しています。

音楽的特徴:

合唱はソプラノとアルトで構成され、伴奏にはハープや弦楽器が使われています。柔らかくゆったりとしたテンポで、聴く者に平和な印象を与えます。

劇中の役割:

この合唱は、ティターニアが魔法の花の影響を受ける前の平和な一瞬を描写し、物語の次の展開に向けて緊張感を高めます。

演奏のポイント:

ハーモニー: この合唱曲では、ソプラノとアルトが繊細に絡み合い、柔らかなハーモニーを形成します。各パートのバランスが崩れないよう、慎重な音量コントロールが必要です。合唱が伴奏に溶け込み、全体として一体感を持たせることが求められます。

伴奏の抑制: ハープや弦楽器による伴奏は、合唱を支える役割を果たします。伴奏は控えめでありながらも、音色の美しさを保つことが大切です。ハープは特に、柔らかいタッチで演奏し、音が繊細に響くように心掛けます。

5. メロドラマ「呪文」(Melodrama: “The Spells”)

背景:

物語が進行する中で、魔法の効果が現れるシーンを描写する音楽です。パックがリサンダーとデメトリウスに魔法をかける場面で、メンデルスゾーンはセリフと音楽の融合を試みています。

音楽的特徴:

音楽は不安定な和声と予感に満ちたリズムで構成されており、魔法が引き起こす混乱を表現しています。

劇中の役割:

このメロドラマは、物語のクライマックスに向けた緊張感を高め、恋愛の混乱を劇的に描写します。

演奏のポイント:

魔法の不安定さ: このメロドラマでは、魔法の不確実性とそれによる混乱を表現します。演奏者は、不協和音や不安定なリズムを巧みに操り、物語の緊張感を高めます。音楽が急に変化する場面では、演奏者間でのタイミングが重要です。

効果的なサスペンス: リサンダーとデメトリウスに魔法がかかるシーンでは、音楽が徐々に不安定さを増し、サスペンスを引き立てます。この部分では、リズムの微妙なズレやテンポの変化を活用し、聴衆に緊張感を与えるように演奏します。

6. 間奏曲 (Intermezzo)

背景:

第2幕と第3幕の間に挿入されるこの間奏曲は、物語がさらに複雑に展開する前の休息として機能します。

音楽的特徴:

音楽はやや落ち着いたテンポで、ヘルミアの絶望と苦悩を描写します。弦楽器が主要な旋律を担当し、劇的な要素を強調しています。

劇中の役割:

この間奏曲は、物語の急展開を予感させ、聴衆を次のシーンに引き込む役割を果たします。

演奏のポイント:

感情の表現: 間奏曲は、悲しみと希望の交錯を音楽で表現します。特に弦楽器セクションでは、メロディの持つ感情的な深さを表現するために、柔らかくも豊かな音色が求められます。音の流れが途切れないように、スムーズなフレージングが必要です。

テンポの選択: ややゆっくりとしたテンポで演奏されることが多いこの曲では、テンポの選択が全体の雰囲気に大きく影響します。テンポを一定に保ちつつ、緊張感が途切れないような表現を目指します。

7. ノクターン (Nocturne)

背景:

恋人たちが森で眠りにつくシーンを描く夜想曲で、愛のテーマが穏やかに奏でられます。これは物語の中で最もロマンティックなシーンの一つです。

音楽的特徴:

ホルンのソロが印象的で、弦楽器による静かな伴奏が夜の静寂と夢見るような雰囲気を作り出しています。メロディーは非常に美しく、夜の平和を象徴しています。

劇中の役割:

このノクターンは、劇の中で一時的な平穏と夢の世界を描き出し、恋人たちが一時的に現実から解放される瞬間を音楽で表現します。

演奏のポイント:

ホルンのソロ: ノクターンの中心となるホルンのソロは、物語のロマンティックな一面を表現します。ホルン奏者は、柔らかく丸みのある音色で、メロディを丁寧に紡ぎます。音量のコントロールが特に重要で、過度に目立つことなく、しかししっかりと主題を導くように演奏します。

弦楽器の伴奏: 弦楽器はホルンのメロディを支える役割を果たします。非常に穏やかなダイナミクスで演奏し、音の透明感と滑らかさを維持します。特に低音域の弦楽器は、音が重くならないように注意し、全体の調和を保つことが求められます。

8. メロドラマ「手編みの家」(Melodrama: “What hempen homespuns”)

背景:

職人たちが劇中劇のリハーサルをしている場面で演奏される音楽で、物語の中でユーモアと皮肉が交錯するシーンです。

音楽的特徴:

音楽はコミカルでリズミカルな要素が強調され、職人たちの不器用さと熱意がユーモラスに描かれています。

劇中の役割:

このメロドラマは、物語の中で軽妙なエピソードとして機能し、重厚なストーリーに対する軽妙な息抜きとして働きます。

演奏のポイント:

コミカルな表現: 職人たちのリハーサルシーンでは、音楽がその滑稽さとユーモアを引き立てます。演奏者は、音楽が物語のコミカルな要素をサポートできるよう、リズミカルで軽快な演奏を心掛けます。特にリズムの正確さと、軽やかなアーティキュレーションが求められます。

テンポの選択: この楽曲では、テンポが物語の進行に影響を与えます。テンポが速すぎるとコミカルさが失われる可能性があるため、適切なテンポで演奏することが重要です。

9. 結婚行進曲 (Wedding March)

背景:

第4幕と第5幕の間に演奏される結婚行進曲は、劇中の結婚式を祝う場面で使用されます。メンデルスゾーンの最も有名な作品の一つです。

音楽的特徴:

トランペットやティンパニによる華やかなファンファーレと、弦楽器による壮大なメロディーが特徴です。荘厳で祝祭的な音楽が、結婚式の喜びを表現しています。

劇中の役割:

この行進曲は、物語のクライマックスである結婚式を盛り上げ、物語全体の結末に向けての華やかなフィナーレを予告します。

演奏のポイント:

ファンファーレのバランス: トランペットとティンパニが中心となるファンファーレは、バランスが重要です。ブラスセクションが過度に強調されないようにしつつ、壮大さと祝祭感を維持します。演奏者は、音の明確さと力強さを意識し、特にアタック部分での精度が求められます。

弦楽器のサポート: 弦楽器は、ファンファーレの背後でハーモニーを支える役割を果たします。音が厚くなりすぎないようにし、音の透明感を保ちながら、全体の壮大な雰囲気を支えます。また、旋律が移る場面では、弦楽器が主導権を取り、滑らかな移行を確保します。

10. メロドラマ「呪文の解除」(Melodrama: “The Removal of the Spells”)

背景:

第5幕の冒頭で演奏されるこのメロドラマは、パックが魔法を解くシーンに対応しています。物語が解決に向かう中で、魔法の影響が徐々に消え去り、秩序が回復される過程を音楽で描写しています。

音楽的特徴:

この楽曲は、前半部分が不協和音や不安定なリズムで構成され、魔法が解かれるにつれて音楽も次第に明るく、調和の取れた響きに変化していきます。

劇中の役割:

このメロドラマは、物語の複雑な愛の関係が正常に戻る過程を視覚的・聴覚的にサポートし、観客にストーリーの進展をより明確に伝えます。

演奏のポイント:

不協和音の解消: 魔法が解かれるシーンに対応するこのメロドラマでは、音楽が段階的に調和を取り戻す様子を表現します。不協和音や不安定なリズムから始まり、徐々に安定した音楽に変化していく様子を、丁寧に描き出すことが求められます。

テンポとダイナミクスのコントロール: 魔法が解かれる過程を音楽で表現する際、テンポとダイナミクスの微妙な調整が重要です。特にテンポの変化は、物語の緊張感と解放感を音楽で表現するために重要であり、スムーズなテンポ移行が求められます。

11. 葬送行進曲 (Funeral March)

背景:

第5幕の劇中劇の場面で使用されるこの葬送行進曲は、職人たちの演じる「ピラマスとシスビー」の劇の一部として登場します。ここでは、悲劇的な要素を滑稽に表現しています。

音楽的特徴:

音楽は故意に重々しく、誇張された悲しみを表現しています。トランペットやティンパニが強調されたリズムを刻み、葬送行進曲の伝統的な要素がユーモラスにアレンジされています。

劇中の役割:

この葬送行進曲は、物語の中で職人たちが演じる劇の一部として機能し、劇中劇のコメディ要素を強調します。また、悲劇を滑稽に描くことで、物語のトーンを一時的に軽くします。

演奏のポイント:

重々しさとコミカルさの融合: 葬送行進曲は、皮肉を含んだコミカルな楽曲であり、演奏者はこの二重性を巧みに表現する必要があります。重々しいトランペットとティンパニのリズムを正確に演奏しつつ、音楽のコミカルな要素を見逃さないようにします。

アクセントとリズム: リズムにおけるアクセントの置き方が重要です。各アクセントが強調されすぎないようにしつつ、全体のバランスを保ちながら演奏します。特に、強弱のコントラストを明確にし、音楽のユーモアを引き出します。

12. ベルガモ風の踊り (Bergomask Dance)

背景:

職人たちが結婚式の後で披露する踊りの場面で演奏される楽曲です。この舞曲は、職人たちのユーモラスなキャラクターと、彼らが行う滑稽な演技を表現しています。

音楽的特徴:

ベルガモ風の踊りは、軽快で活気に満ちたリズムが特徴です。この曲は「ピラマスとシスビー」の劇を締めくくる役割を果たし、観客に喜劇的なエンディングを提供します。リズムやメロディーは、ユーモアと陽気さを強調し、作品全体を明るいトーンで終わらせます。

劇中の役割:

ベルガモ風の踊りは、結婚式の後の宴の場面で使用され、職人たちが主役を務めるコミカルなエピソードを音楽で彩ります。物語の終盤を軽やかに締めくくる役割を持ち、観客に楽しい余韻を残します。

演奏のポイント:

リズムの一貫性: ベルガモ風の踊りは、軽快なリズムが重要です。演奏者はリズムの一貫性を保ちつつ、軽やかで活気に満ちた演奏を目指します。特にテンポを保ちつつ、リズムの跳躍を明確に表現することが求められます。

遊び心と明るさ: この舞曲は、職人たちの陽気な性格を反映しており、演奏者は音楽に遊び心を持たせることが大切です。音色は明るく、エネルギッシュで、聴衆に楽しさが伝わるような演奏を心掛けます。

まとめ

メンデルスゾーンの「夏の夜の夢」の付随音楽は、シェイクスピアの戯曲に対する音楽的な敬意と理解が表れた作品です。各楽曲が戯曲の場面に合わせて構成されており、音楽が物語の進行を補完するだけでなく、観客に幻想的な世界観を体験させます。この付随音楽は、戯曲と音楽が一体となって観客に強い印象を与える名作として、現在でも広く演奏されています。

演奏面においては、細かい表現とニュアンスが演奏において非常に重要です。各楽曲は、物語の特定のシーンやキャラクターの性格を音楽で反映しており、演奏者がその意図を理解し、音楽を通じて観客に伝えることが求められます。